トンドゥプジャ作品集より「愛の高波」 བརྩེ་དུངས་ཀྱི་རྦ་རླབས།

この作品は、実は先日来日されたチョパトンドゥプ先生とトンドゥプジャとの共著です。

あらすじ

貧しい出自ながらも大学を出て知識人となったペンデンは、かつての恋人ドゥクモからの手紙を痛切な思いとともに読みかえす。かつてペンデンが配置された人民公社は革命でなりあがったカルチャム書記の小王国であり、書記に逆らう者など誰もいなかった。だがペンデンは着任早々公社の改善を訴えて書記の不興を買い、辺鄙な遊牧民の土地の小学校教師に左遷される。ペンデンはそのような扱いにも意気消沈することなく遊牧民たちにチベットの発展のために学問を修めることの重要性を切々と訴えかけていた。そんなペンデンの支えは恋人ドゥクモから届く手紙であったが、カルチャム書記の腰巾着であり甥でもあるプンツォクは姦計をめぐらせてペンデンからすべてを奪おうとする。失意の中、誹謗中傷によって公社に呼び出されて自己批判を迫られたペンデンは書記を愚弄する皮肉に満ちたチベット語の自己批判書を書き上げる。そのとき、北京ナンバーの車が公社を訪れペンデンを昇格させる命令をくだし、カルチャム書記たちは苦虫をかみつぶすことになった。


 本作品はランドゥ(トンドゥプジャのペンネーム)名義でチョバトンドゥプとの共著として死後1988年に発表された作品である。ドゥクモの手紙やペンデンに共感を寄せる秘書ロサンの日記などが直接引用されるという多声的な構成をとってはいるが、「霜にうたれた花」のように徹底して独白を積み重ねていくスタイルではなく、むしろあらけずりといっていい構成である。文章面においても、あるいは共著のため、あるいは生前未発表の草稿であったためかもしれないが、社会主義的な決まり文句が多用されるなどその他のトンドゥプジャ作品に見られない特徴があって生硬な印象さえ受ける。だが作品で展開される思想は明瞭で力強い。主人公ペンデンは僻地の住民たちに先進科学を学んでいくことの重要性を訴えつつ、それこそがチベットの歴史と伝統学問が自分たちに問いかけてくる課題であると説く。そこには新しいものに立ち向かいチベットの旧習を批判することがけしてチベットの伝統を単純に否定することではないという思想が明快に示されているが、これは確実にトンドゥプジャの思想であろう。他にも作中で人民公社における漢族とチベット族の対立、遊牧民派と農民派の対立などが描写され、文革終了直後のチベットの雰囲気をよく伝える作品といえるだろう。

トンドゥプジャ作品集より「骨肉の情」 ཤ་དང་རུས་པའི་བརྩེ་དུངས།

あらすじ

ある夜、ルチュクは古い友人の夢を見た。その翌日、彼のもとに1通の手紙が届く。手紙は夢に出てきた年長の古い友人ワンデンの死を告げるものであり、ワンデンはルチュクに「約束の書き物を必ず完成するように」との遺言を残したという。ルチュクはもう20年以上も前の1962年に初めてワンデンと会ったときのことを思いおこす。

 夏休みを終えて故郷の村から民族学院へと向かう若いルチュクは道中でワンデンと出会う。足を引きずるワンデンの異形に最初は恐れをなしたルチュクであったが、やがて彼はワンデンの語るその半生に引き込まれていくのであった。ワンデンは優秀なタンカ絵師であり仏像作りの職人でもある父のもとに生まれた。彼は幼い頃に母と死別したのだが、母への愛情に満ちた父は生涯再婚せず、男手ひとつでワンデンを育て上げ、持てる技術をワンデンに伝えた。それほどの父の愛情にもかかわらず、ワンデンは傲慢な若者であり、思い上がって2人の親友と共に父にも内緒で村を飛び出し、仏像作りの技術を頼みに諸国を漫遊し、故郷を省みることもなく3年を過ごした。そんなある日、森の中で野宿をしているとき、ワンデンたちは強盗に襲われ、すべての財産と1人の親友の命を失うことになる。苦しみの中でワンデンは父の母への愛、子である自分への慈愛の偉大さに気づき、大きな後悔と共に故郷へと向かう。だが故郷についたワンデンを待っていたのは息子が行方不明になった心労のあまり父が亡くなっていたという悲しい事実であった。ワンデンの話に魅せられたルチュクはその半生を筆に起こす決意をするが、文革の混乱がそれを許さないうちにワンデンは世を去ってしまった。

 本作品はこの作家のその他の小説に比べると文飾をおさえた硬質な文体で描かれている。この作品においてトンドゥプジャはワンデンという登場人物に託して肉親の情愛を描くことをテーマとしている。父が母に抱いていた愛の誠実さ、子に注いだ愛情、そして苦しみの中でその偉大さに思いいたったワンデンの心の動きが切々と描かれ、読むものの共感を誘う。ワンデンの異形の姿、タンカに描かれた天女、ワンデンの仏像入れなど数々の謎も読者の興味をとらえてはなさない。

"碧く澄んだ空
暖かく柔らかな陽光
ひらけた広大な大地
目もあやな麗しの花々
そびえ立つ威容ある山々
おお
それよりも魅力的なのは
目の前にある岩崖から
きらめきながら流れ落ちる滝
見るがよい
泡立つ奔流は汚れなく白く
光のしずくは孔雀の羽模様
鸚鵡の翼
綾錦の絵柄
インドラの長弓(虹)
聞くがよい
流れるおちる滝音はすがすがしくも、心地よく
青春の歌は楽乾闥婆王(ガンダルヴァ)の楽の音
梵天王の発する清浄な声
弁財天(サラスヴァティー)の奏でる音
郭公のさえずり
おお これはつまらぬ天然の滝ではない"

– トンドゥプジャ「青春の滝」冒頭の一節  via @rogcig  དོན་གྲུབ་རྒྱལ། ལང་ཚོའི་རྦབ་ཆུ།

"もちろん私は最近ではすっかり風狂の徒と化しているが
まだ狂っていない者たちが嘲笑ってくれてもかまわない
悦楽を体験することも
血筋を絶やさぬことも大切だ
楽空不二の愛欲の道を守ることがどうして
それより大切ではないといえるのか"

– 『チベット愛の書』(ゲンドゥン・チュンペル著 三浦順子訳 春秋社) དགེ་འདུན་ཆོས་འཕེལ། ༼འདོད་པའི་བསྟན་བཅོས༽

"偏見で凝り固まった片足歩きの連中のなかで
独り怒りに眼を眩まされるより
愚者の立場で声を上げつつ
偏りなき智慧を抱いて恐れを乗り越えたほうがよい"

– ゲンドゥンチュンペー དགེ་འདུན་ཆོས་འཕེལ།  (1903-1951)

トンドゥプジャ作品集より「語り部」 སྒྲུང་བ།

ひさしぶりの更新となりました。新年は何にしてもめでたいので、チベット文学研究会もツイッターを始めました。アカウントは @ser_nya です。どうぞよろしく。

さて、トンドゥプジャ作品紹介シリーズ第5弾は「語り部」。チベット文学研究会にとっては未発表の作品のひとつです。チベットに伝わる英雄叙事詩「ケサル王物語」の語り部の悲しい運命をテーマにした作品です。

「私」の村には、有名な語り部であるゲンペーおじさんという人がいた。以前、人々は大木のまわりに集まってはおじさんの語る話に耳を傾けたものだった。しかし、その年、「私」がふるさとに帰っておじさんのところに行くと、彼はいつもと様子が違い、悲しげな表情をしていた。おじさんの話によると、文化大革命の余波で物語を語ることが禁じられたのだという。だがおじさんは村人の希望をくんでその夜も村人と「私」にあざやかな語りをきかせるのだった。

数年後、村に再び帰った「私」は、おじさんが「物語を語り革命に反対する者」という濡れ衣を着せられ、闘争集会にかけられたあげくに苦悩の中で亡くなったという話を聞き、ただただ胸を痛めるのだった。その後、四人組が追放されたというめでたい知らせが届いた。「私」は語り部のおじさんのことを思いおこし、彼の語った物語が今でもチベットの人々の心の中に生き続けていることを感じ、死者の冥福を祈るのであった。

この作品においては間接的なかたちでではあるが文化大革命への批判が示されている。もちろんすべてを四人組のせいにするというかたちで保険がかけられてはいるのだが、語り部が禁じられた語りをなおもつづけるくだりには緊迫感が満ちており、短いながらも迫力のある一編。毀誉褒貶の激しかった作者のことであるから、あるいは作中の語り部にどこかで自分を重ね合わせていたのかもしれない。

トンドゥプジャ作品集より「ドゥクツォ」 འབྲུག་མཚོ།

トンドゥプジャ紹介シリーズ第4弾は「ドゥクツォ」。「ペンツォ」にひきつづき女性の名前を冠した短編。若者の恋の話に重ね合わせるように僻地教育など牧区における教育の問題が描かれた作品です。


青海民族学院の同級生だった「私」とドゥクツォ。恋仲だったが就職先のことでもめて、卒業後は離ればなれ。西寧の新聞社につとめる「私」と辺鄙な遊牧地区で子供たちの教育に燃えるドゥクツォの交流はほそぼそと続いていたが、お互いの気持ちを確かめ合うこともなく、三年の間一度も会うことはなかった。ある日「私」が牧区に取材に出かけようとバスに乗ると、たまたま隣り合わせた乗客がドゥクツォの働く村の村人だった。村の女教師のことを尋ねると、村人は目を輝かして、女教師のことを褒め称えるのだった。村人の話によると彼女はまだ結婚していないようだ。そして西寧に恋人がいると縁談を断っているという。「私」は胸を弾ませて村へ向かい、ドゥクツォとの喜びの再会を果たす。僻地での困難な教育活動に全身全霊を捧げる彼女の姿を見て心から美しいと思い、また尊敬の念を覚えるのだった。


みずみずしい青春の恋模様を描きつつ、まっすぐに生きるすがすがしい女性主人公の姿を通し、近代化の流れの中で取り残されてゆく僻地教育の問題点をあぶり出した作品。

—本作品の翻訳は『火鍋子』 vol. 77に掲載されいてます。

トンドゥプジャ作品集より「ペンツォ」པད་མཚོ།

チベット文学研究会によるトンドゥプジャ作品紹介シリーズ第3弾は「ペンツォ」です。ちょっとぎこちないラブストーリー。翻訳会でみんなしてつっこみを入れながら読むのが楽しかった(笑)


ある日職場に「タシ先生へお渡しください」と表書きのある手紙が届いた。教師の経験などないのにと、タシが不思議に思って封を開けると、それは一年前、彼が会議の通訳のため西寧を訪れたときに知り合ったペンツォという女の子からの手紙だった。家庭の事情で小学校も三年生までしか行けなかったペンツォは満足に読み書きができないことを悩んでいたが、あるとき一念発起して勉強を始める。タシが西寧のホテルの庭で熱心に勉強するペンツォを見かけたのはちょうどその頃だった。ひょんなことから言葉を交わし合うようになり、タシは会議の合間を縫うようにしてペンツォと会い、勉強の面倒をみてやった。しかし会議の日程はあっという間に過ぎ、お互いに切ない思いを抱えながら別れた。それから早一年という月日が経ったのだ。彼女は今どうしているのだろう・・・タシが物思いにふけっていると、職場の同僚の女性がからかって、手紙を取り上げ、皆の前で声も高らかに読み上げはじめてしまう。手紙にはタシへの感謝の気持ちが精一杯の言葉で綴られていた。そしてペンツォはその後ずっと勉強を続け、なんと民族師範学校に合格したという。朗読に思わず引き込まれていくうちに、タシはペンツォへの思いを抑えられなくなる。


本作品は教育を満足に受けられなかった少女が、自らの気づきによって学ぶことの喜びを知り、夢をふくらませていく様子を生き生きと描いたトンドゥプジャの初期の佳品である。

—この作品は『火鍋子』 vol. 77に掲載されています。

トンドゥプジャ略歴

トンドゥプジャ(1953-1985)

(トゥンドゥプゲ、トゥンドゥプギェルとも。チベット語表記は དོན་གྲུབ་རྒྱལ། don grub rgyal、漢語表記は端智嘉。ペンネームはランドゥ རང་གྲོལ། rang grol

1953年    チベットのアムド地方(青海省黄南チベット族自治州チェンザ県グロン村)に生まれる。父親は小学校教師で地元では著名な学者として知られる。幼いころに父親と死別、母親が再婚したため、僧侶であるおじのもとで成長する。
1969年    黄南師範学校を優秀な成績で卒業後、青海省のラジオ局に勤務。
1971年    北京の中央民族学院(現・中央民族大学)に入学し、民族言語学部で翻訳を学ぶ。
1975年    中央民族学院を卒業し、青海のラジオ局に戻る。
1978年    中央民族学院のチベット文学専攻の修士課程に入学。トゥンカル・ロサンティンレーに師事し、敦煌出土チベット語古文献やミラレパ十万道歌の研究に従事。このころから盛んな創作活動を開始。
1981年    修士号を取得。成績が極めて優秀だったため、中央民族学院で教職を得る。この年、詩と小説を収録した処女作『曙光』を青海人民出版社より出版。
1984年    結婚生活が破綻し、北京から青海に戻り、再婚。海南チベット族自治州の民族師範学校の教師となる。この年にまた離婚、そして再婚。
1985年    チベットの将来を憂えて自殺。享年32歳。

作家としての活動期間は短かったものの多作で、死後の1997年には『トンドゥプジャ著作集』(全6巻)が出版された。その峻烈な人生と社会批判の筆致により、チベット現代文学史に不動の位置を占めるのみならず、現代チベットにおける知識人の象徴的存在としてもあがめられている。著作集は1999年の第4回中国国家図書賞にノミネートされた。

トンドゥプジャ作品集より「霜にうたれた花」 སད་ཀྱིས་བཅོམ་པའི་མེ་ཏོག

チベット文学研究会によるトンドゥプジャ作品紹介シリーズ第2弾は「霜にうたれた花」です。トンドゥプジャ作品の中で一番ドラマチックで人気のある小説ではないでしょうか。

アムドの小さな村に暮らす美しい少女ラキと聡明な少年ツェリンは幼なじみ。小さい頃から睦みあう中でやがて好意を抱きあうようになっていく。親の希望によって街の学校へと送られたツェリンだが病を得たことによって村に戻ることになり、ラキとの関係はさらに深まっていく。そんな時、ツェリンはその優秀さを認められ、人民公社の決定によって再び学校へと送られることになった。ツェリンの前途は洋々であったが、残されたラキは哀れであった。同じくラキに思いを寄せるツェリンの兄リクヤー、ラキの友人でありながら素直にラキとツェリンの関係を喜べないラモ、そして何より昔の約束をもとに子どもたちが生まれる前からリクヤーとラキを結婚させようと約束していたラキとツェリンの親たちの思惑によって、ラキをとりまく恋愛模様は錯綜していく。リクヤーとの結婚が避けられないことになったラキは悲しみのあまり自殺を試みるが、リクヤーによって救われる。これによってはじめてラキの真の心を知ったリクヤーは策を講じてラキをツェリンのもとに送り出し、すべてがうまくいくかと思えた。だがその道中、ラキを悲劇が待ち受けていた・・・

この作品の最大の特徴は、ツェリンやラキのみながらずリクヤーやラモなど、多くの登場人物が各々の立場から独白を行うという叙述スタイルである。各人物の告白は微妙な重複を繰り返しながら展開し、読者は複雑に絡まった物語の全体が徐々に明らかにされていく様を目にすることになる。分量においても短編小説の多いトンドゥプジャの作品の中では際立って長く、また文体においても美しい文飾がひときわ多用された凝ったつくりとなっており、もっとも人気のある小説と評されている。「化身」にならぶトンドゥプジャの代表作といえるだろう。

—この作品は『火鍋子』 74号と75号の2回に分けて掲載されています。